スピリチュアルチャーチ

 魂は永遠に不滅?

 その夏は、九月だというのに、ロンドンにしてはめずらしく厳しい残暑が続いていた。そんなまだまだ暑さが残るある土曜日の午後、友人に誘われてある教会へと出かけた。映画でも有名になったNotting Hill Gateにあるその教会は、豪奢なマンションが立ち並ぶ、高級住宅街の一角にひっそりと立っていた。

真っ白でかわいらしい雰囲気のするその建物は、みかけよりもはるかに中は広く、祭壇にはきれいな花が飾られ、中央の壁にはイエス・キリストの大きな絵が掛けられていた。

ごくありふれた教会に見えるが、どこの教会にも必ずあるイエス・キリストの十字架像がないため、祭壇付近はちょっとどこかの文化ホールの演壇に見えなくもない。四十人ぐらいの人がすでに集まっており、おのおのの席には聖書が置かれ、みな静かにサービスが始まるのを待っていた。

人々はごく普通のどこにでもいる平凡な良き市民という風情で、とくに何も目立ったところもなく、その風景はおそらく日曜日のイギリスのどの教会を覗いても、こんな感じなんだろうと思わせるものであった。

しかし、これから始まることは決して“普通”なことではなく、こののんびりした風景が逆にとてもそぐわないような気がし、私は少々奇妙な感覚に包まれた。というのはこの教会は、霊魂の不滅を信じるスピリチュアリストと呼ばれる人々の教会であり、これから始まる礼拝は、牧師ではなく霊媒師によって行われるのである。

その話を聞いた段階から、勝手にニューエイジ風の人やヒッピー風、またはカルト教団にいるような、少し人と違う目つきをしている人などが集まることを予想していた私は、集まった人々の普通さにあっけにとられていた。


ほどなくして壇上に普段着の男性と女性が現れ、男性は教会のボランティアで女性が今日の霊媒師であると自分たちを簡単に紹介した。そして男性の指示のもとに聖書の中から歌を歌ったりするが、そこにはろうそく一本立てるような、場を厳かに見せる仕掛けもなければ、“霊媒”という言葉のイメージからする、オカルトチックな装いも全くなかった。

まさか煙の中から霊媒師が登場するなどとは思っていなかったが、多少なにかそれらしい雰囲気があるに違いないと思っていた私には、拍子抜けするぐらいことはごくたんたんと運ばれていた。

しかし、男性が壇上を去ると、スコットランド訛りがきつい、ちょっと早口で話すその女性霊媒師は、目を閉じ、ほんのわずかの間、なにかに耳を傾けたかと思うと、次の瞬間おもむろに口を開いた。

  “ジョンという中肉中背の白髪の男性がここにいます。彼は肺の病気で亡くなったと言っています。死ぬ直前は呼吸がかなり困難でした。(と呼吸がぜいぜいするしぐさをする)海に関係する仕事をしていました。(突然笑い)あらっ、彼はとてもユーモアのある人のようです。グレッグという若い男性もここにいます。

  彼らはとてもつながりの深い関係だったようです。グレッグは足の病気がもとで亡くなったようです。彼も一緒の仕事をしていたと言っています。誰かこれらのスピリット(霊)に心当たりのある人はいますか? ”

すると、左の列の前の方に座っていた中年の女性が、“私はその二人ともわかります。わたしの父といとこだと思います”と答えた。

壇上の霊媒師は、その中年の女性のほうに体を向け、耳を澄ましながら、“今あなたがいる状況は、あなたのせいではないと言っています。それは単に周りの環境のせいなので、自分をあまり責めないようにと。引っ越しを考えているようですが、それは良いことだからぜひしなさい。いつもあなたを見守り、多くの愛を送っていると言っています。”


このメッセージを受けたその女性の目からは、大粒の涙がこぼれ始め、拭っても拭ってもおさえきれず、壇上の女性も少し話のスピードを落とした。彼女がどんな状況にいるのかはまったく図り知れないが、はたから見てそのメッセージが、彼女にとって大きな意味があることは明らかであった。

その中年の女性へのメッセージが終わると、その霊媒師はまたちょっと耳を傾けた。“赤ら顔の大柄な男性がここにいます。マイケル、マイク、マイケルかしら、そういう名前に聞こえます。大きな声で話す、威勢のいい人です。心臓の病気で亡くなったと言っています。田園の風景、エセックスのあたりのようです、が見えます。家に本がたくさんあります。誰か心当たりありのある人いますか?”


今度は三十代前半ぐらいの男性が、“僕のおじだと思います”と答えた。するとまたその男性の方へ体をずらし、

“あなたが今勉強していることは、とても将来役に立つから是非続けなさいと言っています。あなたはヒーリングの才能を授かっているのだから。あらっ、六十才前半ぐらいの中年の女性もいます。喉に何かあったようです。最近亡くなったと言っています。”

この言葉に、それまで余裕の態勢で聞いていたその男性は大きく頷き、顔がみるみる紅潮してきた。

“彼女は、今あなたの横に立ってあなたにキスをしていますよ。彼女はそのままのあなたを愛していると言っています。どうぞ変わらないでと。そのままのあなたがとてもすてきだから、自分を変えようとしないでと言っています”

このメッセージを聞いた男性の顔は、真っ赤になり全身を震わせて涙を必死でこらえていた。メッセージはこの後も次々と四、五件ほど続き、中には、“最近ずいぶん高いバックを買ったわね。”と亡くなった母親に言われた女性は、“絶対に母だわ”と言って大笑いする場面もあった。


教会を出てから、友人二人はそれがインチキか本物かで議論になっていた。が、わたしにはそんなことよりも、メッセージを受けた人達の心から満足した様子や、あふれた涙に心を打たれていた。

おそらく中年の女性はなにか難しい状況にいて、ずっと心を悩ませていたのだろう。もしかすると心中ずっと自分を責めていたのかもしれない。だから、“あなたのせいではない”と言われたときにどっと涙が出てきてしまったのだろう。

また、若い男性は最近母親を亡くしたばかりだったのかもしれない。このような教会に来るのだから、母が今でも自分を見守っているということは信じていただろう。それでも、実際に母親が自分の横に立って、キスをしていると聞かされれば、感激は別のものだったに違いない。そして何かの理由で、自分を変えようと無理をしていたのを、母に優しく諭されたのだろう。 

どの宗教を信じる人も歓迎で、名前や住所を書かせたりして、信者を増やすふうでもない、自由でオープンな雰囲気が気に入り、その後も何度かこの教会に足を運んでみた。その度に違った霊媒師が紹介されていたが、繰り広げられる光景はいつも同じであった。そして、日本の新宗教にありがちな、先祖の祟りとか、何かがとりついているなどと恐怖心を煽ることは決してなかった。


キリスト教はもともと、霊魂の不滅を説いているが、それを本当に信じているクリスチャンはあまり多くない。また、永遠の世界で休息している魂にコンタクトを取るのは、教義に反しているため、このスピリチュアルリズムも、キリスト教の流れを汲みつつも、異端として扱われている。しかし、ロンドンだけでも二十ほどのスピリチュアルリズムの教会があり、どの教会でも、週に二回、毎回違う霊媒師によってサービスが行なわれているのを見ると、異端とはいえ、教会のシステムの一つとして、市民権はちゃんと得ているようだ。

それにしても、二十余りある教会で、週二回、毎回違う霊媒師がサービスするということは、一体何人の霊媒師がいるのだろう。スピリチュアルリズムとして、この流派が確立したのは、近代になってからだそうだが、霊魂不滅の思想はキリスト教以前にも遡る。近代に移行する過程で、土着的な文化を捨ててきてしまった日本では、霊魂の思想などは、もはやオカルトか民俗学などの研究のなかでしか扱われないが、日本よりずっと先に近代化したと思っていたイギリスで、このような思想が、マイノリティとはいえ、日常のなかで普通に行なわれているのは、とても不思議な感じであった。

また、教会を訪れる人たちもみな、穏やかで、のんびりとしていて、サービスのあとに出される紅茶を片手に楽しそうに会談している姿から、とにかく何かにすがりつきたいといったような切羽詰った雰囲気はまったく感じられない。

ときには私も紅茶を片手に、霊媒師の人に声をかけてみたが、本業は学校の先生やヘアドレッサーだとかで、これはボランティアでやっていると語っていた。


ともかく、向こうの世界のスピリット(魂)たちは、いつも、皆、惜しみない愛情を表現し、常にそばにいて見守っていることを告げていた。メッセージを受取っている人の顔の輝きや涙をみていると、それが残された人々に大きな慰みになっていることは明らかだった。愛する人が今でも自分のそばにいてくれるのを知って、どの顔も心の底から喜びを現していた・・・・。

 私は今でも一年に一度の割合ぐらいでときどき訪れます。いつも、温かい気持ちになって家路につきます。


■スピリチュアルチャーチは、どの宗教に属している人でも歓迎です。興味ある方は、http://www.spiritualmission.co.ukをお訪ねください。くれぐれも覗き見趣味的な態度や、自分の信念と合わないということで誹謗中傷する理由などでコンタクトを取らないようにお願いします。