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個人史
1962年、自分が選んだ親の元に無事生まれる。5才のときに家族で東京に引っ越したため、名古屋弁は話せず。
4才のときに臨死体験をする。回り一面何千本という菜の花畑に囲まれ、言葉に現せないぐらい恍惚感に包まれる。空気の粒子すべてが濃密な愛という感覚でした。特に印象的だったのは、何千本もの花が一本も残らず私を“知っていて”、愛してくれていたこと。なんで花が私を知っているのか子供心にとても不思議でした。
しかし、まだだよ、まだだよ戻りなさいという声が聞こえ、嫌だと言ったにも関わらず、この世に戻されてしまいました。
30代まで人並みにいろいろありました。
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30代前半に離婚し、そのあと一年後にロンドンに留学。それからのことは、拙書(「運命の人と出会うスピリチュアル・レッスン」に書いてあるような体験をし、セラピーの道に入る。 ヒーラーデビューは、アルコール中毒症のための慈善団体でした。
そこで一年半仕事をし、だいぶ経験を積ませてもらいました。アルコールが好きで中毒になると思っている人が多いのですが、そのような人は一人もいません。人生に降りかかってきた悲劇や育った環境の厳しさに耐えられずに、アルコールに逃げてしまうケースが圧倒的です。
ここで働いている間、アルコール中毒への偏見に多くぶつかり、そのたびにものすごく悲しくなりました。私たちすべてがあるときに弱くもなり、強くもなるでしょう。誰かがくじけてしまったのを見下すのではなく、手を差し延べる社会にもっとなって欲しいと思いました。
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臨死体験以外にも、また体験したい不思議体験はそれなりにあるのですが、その一つにある夜寝ているときに、第三の目のあたりに大量のエネルギーを浴びました。頭ががんがん揺れるので両手で押さえていなければならないほどでした。
そして、そのあと洒落にならないぐらい電球を壊し続けました。一度は、電球がかさから飛び出し、床に衝突して割れ、修理に来た電気屋さんが、「ヒューズの痕跡があとかたもない、あり得ないことだ」と首をかしげながら帰っていきました。こういった電気系統の故障は、ヒーリングをやっている人にはよくある体験だと聞いてはいましたが、実際に自分が体験すると、大変不便なことでした。
しかし、それ以来明らかにエネルギーのレベルが変わり、それはかなり現在の私自身に良い影響を与えてくれています。しかし、今振り返ってみるとその日は、一つ私のなかにあった精神的なブロックを乗り越えた日であったので、自分のエネルギーレベルが変わったことと、これは決して偶然ではないと思っています。
現在では、プライベートセッション以外に霊気ワークショップ、またHolistic
Healing Collegeにてヒーリングスキルの指導にあたっています。 |
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